子どもが『くもん式ジグソーパズル』に夢中になっている間、親は「沈黙・空白恐怖症」になっていないか

boy playing puzzle

「そろそろ、パズルでもやらせてみようかしら」

子どもの指先が少しずつ器用になって

ものの形や違いに興味を持ち始める頃。

多くの家庭で手に取られるのが

福音館書店のロングセラー絵本と

「思考力を育てる」と言われる知育パズルです。

バラバラのピースを組み合わせて

ひとつの絵を完成させていく。

その過程で育つ集中力や

形を見分ける力は、たしかに大切なものだと思います。

うちの子たちも、小さいころパズルが好きで

内心「将来は頭がよくなりそう」などと
下心を抱いていたものです。

今のお母さんたちに伝えたいのは

ただ、パズルを買いに行く前に

ひとつだけ、立ち止まって考えてみてほしいということ。

子どもがパズルに向き合っている横で

私たち大人は、どんな時間を過ごしているでしょうか?

うまくはまらないピースに悩んでいる子どもを見て、

つい「こっちじゃない?」と
先に答えを言ってしまうことはないでしょうか。

あるいは、

子どもが集中しているあいだがチャンス!と

スマホを手に取ってしまうこと。

私自身も、やってました。

パズルそのものよりも大切なのは

その場に流れる「沈黙の時間」なのかも、なんて

考えたことがありますか?


1. 知育玩具の時間に起きている、もう一つのこと

パズルは、親にとってもありがたい存在です。

子どもが夢中になって遊んでくれるあいだ、
大人は少しだけ手が空く。

ほっと一息ついて、
スマホを見たり、家のことをしたり。

それ自体は

決して悪いことではないと思います。

子育ては長いですし

ずっと全力で向き合い続けるのは難しいものですから。

ただ、ふと気づくことがあります。

子どもが黙ってパズルをしている時間と

大人がスマホを見ている時間。

同じ部屋にいるのに

空気が途切れているような感覚。

うまく言葉にできないですが、

その瞬間
親子のあいだに流れるはずだった

「何か」が少し薄くなる気がするのです。

パズルは完成します。

でも

その時間に本来あったかもしれない
視線や空気のやり取りは、
静かに通り過ぎてしまう。

パズルをする子供の目線を、指先を、葛藤を

「何も言わず」に

よく観察してみたことが、どれくらいありますか?


2. 「0.5秒」の沈黙

今の社会と生活は、とても「速い」です。

スマホを開けば

次々と新しい情報が流れてきます。

少しの空白があると

つい何かで埋めたくなる

これは大人だけではなく

もう社会全体の空気なのかもしれません。

そんな中で

子どもがパズルのピースを持って

しばらく考えているとき。

私たちは

どれくらい待てているでしょうか。

ほんの少しだけ、
「間」を置く。

0.5秒くらいでいい。

それだけでも

子どもの表情が変わることがあります。

「あ、ここかもしれない」

こどもの小さな発見の瞬間は

大人がヒントを出してしまうと
すっと消えてしまうこともある。

福音館の絵本を読んでいても、

ページをめくる前の

ほんの一瞬の「間」があります。

その沈黙の中で

子どもは次の場面を想像している。

その時間って
案外、大事なのかも、なんて。


3. 沈黙がつくる空気

ビジネスの世界でも

家庭の会話でも。

よく見ると

場の空気を落ち着かせる人は

必ずしもたくさん話す人ではありません。

むしろ

少し間を置く人。

言葉を急がない人。

子どもとの時間も

それに近いのかもしれません。

スマホを別の部屋に置いて

ただ隣に座っている。

子どもがパズルを試して
うまくいって
少し得意そうな顔をする。

そのときに

言葉がなくても
目が合って、
軽くうなずく。

そんな瞬間が、案外

こどもにとっては

大切な記憶として残るのかもしれない。


4. パズルの前にあるもの

くもん出版は、だれしも本屋さんで目にするし

いわゆる塾の「公文式」でおなじみなので

多くのママさんが信頼する会社だと思います。

1歳からの『はじめてのジグソーパズル』みたいなのは

とてもいい入り口だと思います。

子どもは

自分の力で形を見つけていく楽しさを

きっと味わうでしょう。

子供がやりたがった時に

お金を惜しまず与える、それは確かに尊い。

ただ、その前に

私たち母親がもう一つだけ用意できるものがあります。

それは

特別な知識でも

新しい教材でもなくて。

同じ空間にいて

少しだけ静かに待つこと。

子どもが考えている時間を

急がせずに見守ること。

それだけで

その「子育てしていた時間」の質は

少し変わるのかも。


私も

スマホを置けない日があります。

沈黙が落ち着かなくて

つい何か話してしまう日もあります。

だからこれは

「こうすべき」という話ではなくて。

ただ

パズルのピースが合う瞬間を見ていると

あの短い沈黙には

何か意味があるのかもしれないな、と

思うことがあるのです。

今日もどこかのリビングで

小さなピースが

静かにはまっているのかもしれません。

その時あなたは

スマホの画面でしょうか、それとも

こどもの表情や呼吸、つたないながら頑張っている指先

どちらを見ていたい、と感じますか?

もし、あなたが

「どうしても沈黙が怖くてスマホを触ってしまう」

「頭が真っ白になって、子どものペースに合わせられない」

と感じているなら。

それはあなたの人間性の欠陥ではなく

脳の報酬系がデジタルによって書き換えられてしまったからです

その脳のノイズを浄化し

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あなたの「心」と「身体」を繋ぎ合わせる。

その「一歩目」が、ここにあります。

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